環境現象 / Environmental Phenomena
2020
作品は、それ単体では存在できず、環境が現象を生み、その現象が作品の存在を創る。
石ころや、人間がこれまで作り出してきたものは物体であった。物体はそれ自体で安定的な構造を持ち、外界から切り離され、密封された箱に入れても、なお存在し続ける。
一方、海に生まれる渦は、閉じた箱に移した瞬間に消滅してしまう。渦は、それ自体で自らの構造を持っているのではなく、環境が生む流れの中にある存在であり、渦は外部から内部へ、そして内部から外部へと絶え間なく流れる水によってつくられ、流れとともに変化する。そして、その存在の輪郭は曖昧で、渦も渦の外側も水でできており、その物質的な違いは一切ない。
物体ではなく、特別な環境を創り出し、その環境が生んだ現象によって作品の存在を創る。これを”環境現象”と呼ぼう。作品は、環境とは切り離せず、環境変化とともに変化する。
作品は、これまで存在を担ってきた物質的な物体から解放される。空気や水、光といった日常的にありふれたものも、特異な環境によって現象となり、新たな存在へと変貌を遂げるだろう。
これまで人間がつくってきたものの常識を超越し、作品は、人が身体ごと作品の中へ入り込んでも存在は維持され、壊れても修復される。作品の存在の境界は曖昧で、存在の外部と連続的である。しかし、環境が失われれば、作品は消えてなくなってしまう。人々の意識は、存在そのものから、環境に広がっていくだろう。
物体は、外界から分断された箱に入れても存在し続けるが、生命は、そのような閉じた箱の中では存在を維持できない。生命もまた、環境によって維持されている存在である。
生命は、開いた世界の中で、連続する流れの中の奇跡的な現象かもしれないのだ。
FEATURED WORKS
質量も形もない彫刻 / Massless Amorphous Sculpture
teamLab, 2020-, Installation, Sound: Hideaki Takahashi
浮遊する巨大な彫刻は、泡の海から生まれ、質量の概念を超越し、地面に沈むこともなく、天井まで上がりきることもなく、空間の中ほどを漂う。この浮遊する彫刻の存在の輪郭は曖昧で、千切れて小さくなったり、くっついて大きくなったりする。人がこの彫刻に身体ごと入り込んでも存在は維持され、人々によって壊されても、自ら修復する。しかし、塊は、自ら修復できる範囲を超えて破壊された時、修復が追いつかず崩れていく。そして、人々が押したり、横にのけようとしても、この彫刻を動かすことができないし、人々が風をあおげば、彫刻は散り散りになってしまう。人間の物理的な行為では、この彫刻を動かすことすらできない。
石ころや、これまで人間がつくってきたものは、物体であり、物体はそれ自体で安定的な構造をもつ。石ころは、外界から遮断され密封された箱に入れても存在し続ける。
一方、海に生まれる渦は、閉じた箱に移すと一瞬で消えてしまう。つまり、渦は、それ自体で安定した自らの構造を保っていない。渦は、環境が生む流れの中にある存在であり、渦の外部から内部へ、そして内部から外部へと流れ続ける水によってつくられる。その流れが生んだ秩序を持つ構造によって渦は維持され続け、流れと共に変化する。そして、その存在の輪郭は曖昧で、渦も渦の外側も水でできており、その物質的な違いは一切ない。
物体ではなく、特別な環境を創ることで、その環境が生んだエネルギーの秩序によって存在を創る。そのエネルギーの秩序による存在を「Higher-Order Sculpture」と呼ぼう。それは、環境とは切り離せず、環境変化とともに変化する。これまでの物体による存在の常識を超越し、中空に存在を維持し、存在の輪郭が曖昧である。人がその存在の中に身体ごと入り込んでも存在が維持され、壊れても自らの存在を修復する。
開いた系を前提とした彫刻である。
この空間には、物質は、水と空気とごく普通の石鹸しか存在していない。
空間を泡で埋め尽くし、特異な環境を創り、空間にエネルギーの秩序を生み出す。そうすると、泡の海から巨大な塊が生まれ、浮き上がり、中空に定常する。
現在の生物学上は、生命の定義を厳密に行うことはできていないが、便宜的に、細胞を構成単位とし、代謝し、自己増殖できるものを生物と呼んでいる。つまり、全ての生物は、細胞でできている。そして、全ての細胞は、脂質二重層で構成された細胞膜で包まれている。二重層の外側は親水性、二重層の層と層の間は疎水性で、包んでいる袋の外側も内側も水である。石鹸の泡も、同じように、脂質二重層の膜に包まれていて、この彫刻を構成している泡は、構造的には細胞膜と同じである。ただし、泡の二重層は細胞とは逆に、二重層の外側は疎水性、二重層の層と層の間は親水性になっているため、袋の外側も内側も空気である。つまり、細胞が水中の袋状の膜であるならば、泡は空気中の袋状の膜である。
この彫刻は、生物の構成単位である細胞と同じ構造の物質と、環境が生んだエネルギーの秩序によって創られている。
生命も、外部から食物として物質とエネルギーを取り込み、物質を排出し、エネルギーを外に散逸させながら、秩序構造をつくりあげている。生命は、渦と同じように、外部環境が生む物質とエネルギーの流れの中にある存在であり、その存在の輪郭は曖昧なのである。
生命の構造は、その流れがつくるエネルギーの秩序であり、生命は、物質とエネルギーの流れの中にある奇跡的な現象かもしれないのだ。
生生流転柱 / Pillar of Constant Flux
teamLab, 2026, from the series <i>Pillars that Dance with the Wind</i>, 2023-, Installation, Sound: Hideaki Takahashi
すべての生命は、物質とエネルギーの流れの中にあり、流れそのものが構造を作り、維持している。
それは、石ころや鉄、そして、これまで人間がつくってきた物体のように、それ自体で独立し、静的で安定的な構造をもつものとは根本的に異なる。
この作品は、空気を内部に閉じ込め、その圧力によって立っているのではない。入口と出口は同じ大きさで、空気は内部を絶え間なく流れ抜けていく。その流れそのものによって、作品は立ち、その構造と存在を維持する。流れが止まれば、物質は残っても、作品としての存在は消える。
ここでは、流れによって物体が動かされているのではない。流れそのものが構造を生み、存在を立ち上げている。
作品は、風や雨、湿度など環境の影響を強く受け、動きや高さを大きく変えていく。それでも、存在を生む環境が維持され、流れが続く限り、絶えず形を変えながらも、その存在は維持される。
それは、動き続け、しなやかでやわらかく、そして脆い。
《生生流転柱》は、彫刻を、固定された物体から、開かれた環境の中で、絶え間ない流れによって構造が生まれ続ける存在へと拡張する試みである。作家が直接形をつくるのではなく、存在が生まれる環境をつくる。ここでは、彫刻の存在条件が、物質から、流れが生む秩序へと移行する。
はかない結晶のしずく / Ephemeral Crystallized Drop
teamLab, 2025, from the series <i>Ephemeral Crystallized Light</i>, 2021-, Interactive Installation, Sound: Hideaki Takahashi
もっとみるはかない結晶の雨 / Ephemeral Crystallized Rain
teamLab, 2024, from the series <span style="font-style: italic">Ephemeral Crystallized Light</span> , 2021-, Installation, Sound: Hideaki Takahashi
* 強い雨の日の日暮れから夜明け
強い雨が降る夜、草原に降る雨は作品となる。
無数の光の塊が空中に浮遊する。1つ1つの光の塊は、2色で構成され、色の境界が固体のように明確に分かれている。
自然界では見ることのない固体のように色が明確に分かれた光の塊は、極限的な同期によって起こっている。同期は、秩序を持つ大きな構造を作り出す現象である時間軸上の自己組織化である同期現象の結果とも言える。
光の塊に触れると、見えていた部分は、とぎれもなく降り続けている雨の一部だと気が付く。
生命は、はじまりもわからない過去から、一度もとぎれることなく流れつづけているエネルギーの連続体の中で、奇跡的に凝固した、儚い光の結晶のような現象なのだ。
風と太陽の空書 / Spatial Calligraphy of Light and Wind
teamLab, 2024, Installation, Sound: teamLab
* 晴れた日、風が吹く時
風が吹く時、この作品は空に出現する。太陽が出れば輝き、日が沈めば光り出す。
コンクリートなどこれまで人間がつくってきたものは、石ころのようにそれ自体で安定的な構造をもつ。
しかし、渦潮は、外部から内部へ、内部から外部へと流れ続ける水が渦潮の構造を生み、水が流れ続けることで秩序が維持される。生命もまた、外部から内部へ、内部から外部へと、食物を通してエネルギーと物質が流れ続けることで生命の秩序が維持される。
この作品もそれ自体で構造を持たず、構造は流れの中に生まれ、生命のようにしなやかでやわらかい。そして、流れは混沌からの秩序を生み出す。